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長野地方裁判所 平成9年(行ウ)13号 判決 1999年2月19日

長野県北佐久郡軽井沢町大字追分六二五番地

原告

山崎修

右訴訟代理人弁護士

毛利正道

長野県佐久市大字岩村田一二〇一番地二

被告

佐久税務署長 小泉宗浩

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

中村正三郎

被告ら指定代理人

加藤裕

安岡裕明

服部重雄

降籏元

黒尾眞澄

磯野宏

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告佐久税務署長(以下「被告税務署長」という。)が平成七年九月一一日付けでした原告の平成六年分所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定(いずれも平成九年四月二一日付け裁決(以下「本件裁決」という。)により一部取り消された後のもの。以下、両決定を合わせて「本件所得税処分」という。)を取り消す。

二  被告国は、原告に対し、金七〇五万六八〇〇円及びこれに対する平成九年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件事案の要旨及び争点

本件は、木造建築工事業等を営む個人事業者である原告が、被告税務署長において所部係官に税務調査をさせた上、平成六年分の所得税につき推計の方法によって原告の事業所得を算出して本件所得税処分をし、かつ、平成四年ないし六年の課税期間(各年の一月一日から一二月三一日まで)に係る消費税につき決定及び無申告加算税の賦課決定(以下、両決定を合わせて「本件消費税処分」といい、これと本件所得税処分を総称するときは「本件各原処分」と表示する。)をしたことから、右推計については必要性も合理性も存しない旨主張して、被告税務署長に対し本件所得税処分の取消しを求めるとともに、右税務調査を担当した税務職員が消費税法三〇条七項(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)所定の課税仕入れに係る消費税額の控除について原告が理解できるような説明をしなかった違法により税額控除を受けられなかったため、右各年の課税期間に係る消費税(本税及び無申告加算税)四〇五万六八〇〇円に相当する損害を被り、また、違法な税務調査及びこれに基づく本件各原処分により著しい精神的苦痛を受け、その慰藉料としては三〇〇万円が相当である旨主張して、以上合計七〇五万六八〇〇円の賠償を被告国に対して求める事案である。

被告税務署長は本件所得税処分については推計の必要性及び合理性が存するので適法である旨、被告国は税務職員の調査及び本件各原処分に違法な点はなかった旨を主張し、いずれの請求に対しても棄却を求める。

二  本件各原処分の経緯等

原告に対する本件所得税処分及びその不服申立ての経緯は別表(一)のとおりであり、本件消費税処分の内容は別表(二)のとおりである。(当事者間に争いがない。)

三  本件所得税処分の取消請求に関する当事者双方の主張

1  被告税務署長

(一) 平成六年分の総所得金額及び納付すべき税額とそれらの算出根拠

(1) 事業所得金額

ア 総収入金額

原告は、平成六年分において、木造建築工事業及び給排水・衛生設備工事業を営むところ、五五五七万二七八六円の総収入金額(木造建築工事業の小計が四八五九万九〇一六円、給排水・衛生設備工事業の小計が六九七万三七七〇円)があり、その内訳は次のとおりである(取引先―収入金額―当該収入に係る業種別の順に掲記する。以下「収入内訳」としてその番号によって表示する。)。

<1> 遠山吉廣―四八〇〇万円―木造建築工事業

<2> 有限会社クリーンライフ―五四三万九七七〇円―給排水・衛生設備工事業

<3> 株式会社安部工務店―九二万七〇〇〇円―給排水・衛生設備工事業

<4> 株式会社パティネ商会―六万五〇〇〇円―木造建築工事業

<5> 中島久子―二三万四〇一六円―木造建築工事業

<6> 老川輝久―三〇万―木造建築工事業

<7> 株式会社レジャーインダストリー六〇万七〇〇〇円―給排水・衛生設備工事業

イ 事業専従者控除額控除前の所得金額

木造建築工事業又は給排水・衛生設備工事業を営み、事業規模が原告と類似する青色申告者(以下「比準同業者」という。)の総収入金額に占める青色申告特典控除前の所得金額(総収入金額から必要経費の額を控除して算出した所得金額)の割合の平均値(以下「平均所得率」という。)を算出すると、別表(三)及び(四)のとおり、木造建築工事業については〇・一四六八、給排水・衛生設備工事業者については〇・三五七七となり、前記アの各収入金額小計に右の平均所得率をそれぞれ乗じて算出すると、木造建築工事業に係る青色申告特典控除前の所得金額は七一三万四三三五円、給排水・衛生設備工事業に係るそれは二四九万四五一七円となり、その合計金額は九二六万八八五二円である。

ウ 事業所得の金額

原告には、所得税法五七条三項所定の事業専従者がいないので、前記イの九六二万八八五二円が事業所得の金額である。

(2) 納付すべき税額

所得控除の合計金額は一六〇万九八〇〇円であり、前記(1)ウの事業所得金額からこれを控除した課税総所得金額は八〇一万九〇〇〇円(国税通則法一一八条一項により千円未満の端数を切捨て後のもの)であり、所得税法八九条(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの)所定の税率を適用して求めた算出税額は一五〇万五七〇〇円となり、さらにこれから平成六年分所得税の特別減税のための臨時措置法四条を適用して算出した減税額三〇万一一四〇円を控除すると、納付すべき税額は一二〇万四五〇〇円(国税通則法一一九条一項により百円未満の端数を切捨て後のもの)である。

(二) 本件所得税処分の適法性

(1) 推計の必要性

ア 被告税務署長は、原告の事業所得が過少であると思料されたこと及び消費税について納税義務があるか否かについて確認する必要があったことなどから、当初平成三年ないし五年分の所得税及び右各年の課税期間に係る消費税についての調査が必要であると認め、平成六年九月中旬、所部職員の大澤比出樹上席国税調査官(以下「大澤係官」という。)及び大渕隆事務官(以下「大渕係官」といい、同人と大澤係官の両名を指すときは「大渕係官ら」という。)に右調査を命じ、その後、平成六年分の所得税及び同年の課税期間に係る消費税の各確定申告書が提出されていなかったことなどから、平成七年五月初旬、大渕係官らの後任として小林雅樹上席国税調査官(以下「小林係官」といい、同人と大渕係官らを合わせて「小林係官ら」という。)に対し、調査対象を平成四年度ないし六年分の所得税及び右各年の課税期間に係る消費税に変更した上で調査を命じたところ、小林係官らは、平成六年九月から平成七年九月までの間に原告宅への訪問や架電及び文書の郵送等の方法により合計三一回にわたり原告との接触を試み、うち一三回は原告との直接面談や電話によって帳簿書類の提示及び調査への協力を要請したにもかかわらず、原告がこれに応ぜず、所得を算出するための直接資料を得ることができなかったことから、やむを得ず推計の方法により本件所得税処分をしたものである。

イ 原告が指摘するように調査の目的及び対象年分等を説明すべき義務を負うか否かはともかくとして、小林係官らは右のとおり原告と接触する間、原告の所得税及び消費税についての調査であること及びその対象年分等について説明したばかりでなく、応対に出て伝言や文書を取り次いだ原告の母寛は通常の会話をする上で事理弁識能力が減退しているようには窺えなかったものであり、この点で調査に違法はない。

(2) 推計の合理性

ア 比準同業者の抽出

(ア) 木造建築工事業に係る比準同業者

関東信越国税局長が、佐久税務署長に対し、次の(あ)ないし(お)の要件(以下「本件第一抽出基準」という。)のすべてに該当する個人事業者を抽出して報告することを求める旨の通達を発したところ、同税務署長から別表(三)のとおりの報告があった。

(あ) 平成六年分の暦年を通じて、軽井沢町に事務所を有し、木造建築工事業を継続して営んでいた者であること

(い) 木造建築工事業以外の事業を兼業していなかった者であること

(う) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること

(え) 平成六年分の年間の売上金額が二四二九万九〇〇〇円以上九七一九万九〇〇〇円未満の範囲内にある者であること

(お) 次の(a)及び(b)のいずれにも該当しない者であること

(a) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(b) 税務署長から更正又は決定処分がされている者のうち、次のいずれかに該当する者

<イ> 当該処分について国税通則又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの

<ロ> 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中であるもの

(イ) 給排水・衛生設備工事業に係る比準同業者

関東信越国税局長が、佐久税務署長及び上田税務署長に対し、次の(あ)ないし(お)の要件(以下「本件第二抽出基準という。)のすべてに該当する個人事業者を抽出して報告することを求める通達を発したところ、右の各税務署長から別表(四)のとおりの報告があった。

(あ) 平成六年分の暦年を通じて、給排水・衛生設備工事業を継続して営んでいた者であること

(い) 給排水・衛生設備工事業以外の事業を兼業していなかった者であること

(う) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること

(え) 平成六年分の年間の売上金額が三四八万六〇〇〇円以上一三九四万八〇〇〇円未満の範囲内にある者であること

(お) 次の(a)及び(b)のいずれにも該当しない者であること

(a) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(b) 税務署長から更正又は決定処分が出されている者のうち次のいずれかに該当する者

<イ> 当該処分について国税通則又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの

<ロ> 当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中であるもの

イ 右のとおり各比準同業者の抽出過程に被告税務署長の恣意が介在する余地はなく、また、抽出された比準同業者は、いずれも原告と業種、業態が同一であり、その規模も類似している青色申告者であるから、右比準同業者の平均所得率を適用して事業所得の金額を算出した本件推計は合理的なものである。

ウ 収入内訳<7>の株式会社レジャーインダストリーとの取引は、洗車場の排水設備である沈殿槽の据付け、配管及びU字溝を埋設する工事であり、洗車場の設置に伴う排水設備の一環として施工したものであるから、単なる土木工事ではなく、給排水・衛生設備工事業に分類すべきである。

エ 収入内訳<2>のクリーンライフとの取引について、それが仮に孫請又はひ孫請であったとしても、そのような請負形態は事業規模との間に相関関係が強いと考えられ、事業規模の近似性を担保するためにいわゆる倍半基準を採用し、経営状態が異常である者を除いている以上、同業者の抽出の基準として合理性を欠くものではなく、むしろ本件推計方法以上に微細にわたる個別的営業諸条件の差異は、業者間に通常存在する程度のものにすぎず、その平均値を算出する過程で捨象されるというべきである。

(3) 本件所得税決定の適法性

本件所得税決定(本件裁決により一部取り消された後のもの)により原告が納付すべき金額は八一万八〇〇〇円であり、被告税務署長が本訴で主張する納付すべき金額(一二〇万四五〇〇円)は右金額を上回っているから。右決定は適法である。

(4) 本件無申告加算税賦課決定の適法性

被告税務署長が本訴において主張する新たに納付すべきことになった所得税額は一二〇万円(国税通則法一八八条三項の規定による一万円未満の端数を切捨て後のもの)に、国税通則法六六条一項所定の一〇〇分の一五を乗ずると一八万円となり、本件無申告加算税賦課決定により納付すべきものとされた税額一二万一五〇〇円(本件裁決により一部取り消された後のもの)を上回るから、右決定は適法である。

2  原告

(一) 平成六年分の総収入金額等

(1) 原告が木造建築工事業及び給排水・衛生設備工事業等を営む個人事業者であることは認める。

(2) 被告税務署長の主張する収入金額及びその取引先ごとの内訳は、後記(二)(2)アのとおり収入内訳<7>の取引を給排水・衛生設備工事業に分類することを除きすべて認める。

(3) 原告に所得税法五七条三項所定の事業専従者がいないことは認める。

(二) 本件所得税処分の違法性

(1) 推計の必要性の不存在

ア 被告税務署長が推計によって課税するためには、原告が同被告所部係官による適正な税務調査に対して非協力的態度を執り続けることが必要である。

イ しかしながら、本件の税務調査は次の三点において違法であるので、推計課税の必要性の要件を欠くというべきである。

(ア) 小林係官らは、原告に対し、所得税法二三四条一項一号に基づく納税義務がある者を対象とする調査であることを明確に告知しなかった。

(イ) 同係官らは、原告に対して、本件調査の調査対象年分を明確に告知せず、平成六年分についてはこれを調査対象とすることを全く告知しなかった。

(ウ) 同係官らが調査への協力を求めるための伝言等を依頼したという原告の母寛は、脳軟化症により事理弁識能力が著しく減退した状態にあり、原告に対しては同係官らの意向がほとんど伝えられなかった。

(2) 推計の合理性の不存在

ア 収入内訳<7>の株式会社レジャーインダストリーとの取引は、地表にU字溝を設置する工事を内容とするものであって、土木工事に当たるものであるから、この取引による収入について、給排水・衛生設備工事業に係る比準同業者の平均所得率を乗ずるのは推計の合理性を欠くものである。

イ 収入内訳<2>の有限会社クリーンライフとの取引は、浄化槽の設置及び管理を専門とする同社が工務店から下請した工事をさらに孫請又はひ孫請したものであるところ、建築関連業種においては、このような請負形態の相違によって所得率に大きな違いが出ることは常識であるから、右取引による収入について所得率を算定するに際し、比準同業者を単に給排水・衛生設備工事業とすることは合理性を欠くものであり、浄化槽設置工事を主とする企業から同工事を請け負っている業者を比準同業者とすべきである。

ウ 給排水・衛生設備工事業の比準同業者として被告が抽出している者は、いずれも収入金額が原告より多く、事業規模の類似性が担保されておらず、さらに抽出対象地域を広げるなどの方法により、原告の収入よりも低い同業者も相当数含めた上で所得率を算定しなければ推計の合理性は確保できない。

四  国家賠償請求に関する当事者双方の主張

1  原告

(一) 被告国の公権力行使に当たる公務員である小林係官らは、本件調査に際し、原告に対して、帳簿書類の提示がない場合には消費税法三〇条七項によって消費税の仕入税額控除が受けられなくなることを原告が理解できるように説明せず、被告税務署長は、右違法な調査に基づいて本件消費税処分をした。

小林係官らは、その職務を行うについて、納税者の理解と協力を得て適正かつ更正に税務調査をすべきであるのに、故意又は過失による仕入税額控除に関する説明をしなかったものであるところ、同係官らが適切な説明をしていれば、原告において多額な課税処分がされることを理解し、帳簿書類を提示していたことは間違いない。そして、右帳簿書類により別表(五)記載のとおりの課税仕入れに係る消費税額の控除を受け得たものであるから、結局、本件消費税処分により納付すべきこととされた本税及び無申告加算税の合計額に相当する四〇五万六八〇〇円ないし別表(五)記載の損害額合計二七三万一六三〇円の損害を被った。

(二) また、原告は、本件税務調査における小林係官らの前記三2(二)(1)イの各違法行為及び本項(一)の違法行為並びにそれらの違法性を承継した被告税務署長の本件各原処分の発付により著しい精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝するための金額としては三〇〇万円が相当である。

2  被告国

(一) 本件調査において小林係官らに調査の目的及び対象年分の説明を欠くなどの違法な行為がなかったことは被告税務署長の前記三1(二)(1)イの主張のとおりである。

(二) 税務調査に際し、消費税法三〇条七項について説明をすべき義務があるか否かはともかく、本件においては、小林係官らは、原告に対し、再三にわたり接触を試み、面談又は電話等により、帳簿書類等の提示を求め、課税仕入れに係る消費税額の控除についても説明しており、被告主張のような違法はない。

第三争点に関する裁判所の判断

一  本件所得税処分の取消請求について

1  原告の平成六年分の総収入金額等

原告が木造建築工業及び給排水衛生設備工事等を営む個人事業者であり、平成六年分において被告税務署長の主張するとおりの収入を得たこと(ただし収入内訳<7>の株式会社レジャーインダストリーとの取引が給排水・衛生設備工事業に属するとの点を除く。)は当事者間に争いがない。そうすると、原告の同年分の総収入金額は五五五七万二七八六円である、

また、事業所得金額を算出する上で、原告に所得税法五七条三項所定の事業専従者がいないことも当事者間に争いがない。

2  推計の必要性

(一) 証拠(乙第一ないし第五号証、第一五、第一六号証、証人大渕隆、同小林雅樹)及び弁論の全趣旨によると、被告税務署長は、平成六年九月中旬、その所部職員である大渕係官らに原告の平成三年ないし五年分の所得税及び右各年の課税期間に係る消費税に関する税務調査を命じたことから、同係官らは、同月三〇日から翌七年一月二六日にかけて、原告方を訪ねたり、電話をかけ、あるいは同人が不在の場合には連絡文書を原告の母寛に託けるなどし、その結果、少なくとも九回は原告と電話で会話を交わし、二回は直接合って話したこと、その後、原告が平成六年分の所得税及び同年の課税期間に係る消費税について確定申告書を提出していなかったことから、同被告は、平成七年五月初旬、調査対象を平成四年ないし六年分の所得税及び右各年の課税期間に係る消費税に変更し、かつ、担当者を小林係官に交代させて調査を命じたところ、同係官は、同月三〇日から同年九月一日までの間、右と同様の方法により調査を行った上、同年八月二三日には調査目的及び対象年分、帳簿書類の提示及び協力依頼等を詳細に記載した「帳簿書類の提示について」と題する文書を原告の母寛に託けたりしたものの、原告と会うことができず、九月一日に原告と電話で会話を交わしたときの強い拒否的な発言から、もはや原告の協力を得ることが困難であると判断し、右の調査によっては原告の所得税及び消費税を算出するに足りる直接資料が得られなかったことから、同被告は、推計の方法により課税するほかないとの判断の下に本件所得税処分をしたこと、以上の各事実が認められる。

(二) ところで、税務職員が税務調査を実施するに際してどのような方法でこれを行うかについては、国税通則法や個別の税法で特に規定が設けられていない限り、調査の必要性と納税者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるものであれば、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解される。

したがって、税務調査に際して調査の目的及び調査対象年分を告知すべきことが一律に義務づけられているわけではないが、本件においては、前掲各証拠によると、前判示(一)の調査の過程において、小林係官らは電話及び直接の面談により原告と会話を交わした際、原告の平成三年ないし五年分の所得税等に関する調査であることを告げて、その資料となる帳簿書類の提示等の協力を要請し、また、調査対象年分が変更された後には、そのことも説明したこと、さらに、原告方を訪問したのに不在であったときは、次回訪ねる日時には在宅の上帳簿書類を提示するよう協力を求める旨記載された連絡文書を原告の母寛に託けたり、郵便受けに差し置いたり、あるいは右同様の文書を原告宅に郵送したりしたこと、これに対し、原告は、この調査が自己の所得税等に関するものであることを知りながら、非協力的な対応に終始し、事業の収支に係る帳簿を作成していなかったこともあって、これを提示することはなく、請求書や領収書等の資料を提示することも一切なかったことが認められるのであって、これによれば、調査の目的や対象年分の告知を欠いていたものでないことは明らかである。もっとも、原告の供述(甲第八号証、原告本人尋問の結果)中には、右認定に反する部分もあるが、その趣旨とするところは、小林係官らとのやりとりについて明確な記憶がないというにあり、回数はともかくとして、帳簿書類の提示を求められたことがある旨の供述をしているばかりでなく、連絡文書についても、そのうち一通は見たことがあると述べているのであって、これに照らすと、原告が自己に対する調査ではなく、他の納税書の関係での反面調査であると誤解したり、調査対象年分を全く知らなかったとは考え難いといわなければならない。

(三) なお、前掲各証拠のほか、証拠(甲第五号証、第八号証、証人内堀次雄、同山崎妙子、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告の母寛は、平成五年ころかわいわゆる痴呆の症状が見られるようになり、平成七年当時、外見上は健常者と区別がつかない程度であったものの、親族の結婚式に出席できないような状態の時もあり、平成一〇年二月には国立小諸療養所に入院してアルツハイマー型老年痴呆の診断を受け、その後、特別養護老人ホームに入所していることが認められる。しかし、前掲の関係は各証拠を総合しても、本件調査の当時終始事理弁識能力を欠いた状態にあったものとまでは認められず、むしろ証人大渕隆及び同小林雅樹が証言するように、小林係官らと応対したときは通常の会話ができるような状態にあったものと認めるのが相当である。そして、原告の母寛が本件調査に介在したのは、小林係官らから原告への伝言や連絡文書の交付を依頼されたためであり、直接的に調査の対象とされたものではないところ、前判示のとおり、原告は、右係官らとの会話や連絡文書により調査目的及び調査年分を知っていたと認められるのであるから、寛の精神状態のいかんによって調査自体が違法となるものではない。

(四) 以上によると、本件所得税処分のための税務調査に違法な点はないし、推計の必要性も認められる。

3  推計の合理性

(一) 証拠(乙第六ないし第一一号証、第一四号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告税務署長は、原告の事業所得を算出するに際し、前判示1の各収入金額を木造建築工事業に係る収入と給排水・衛生設備工事業に係る収入とに分類し、各収入合計金額にそれぞれの比準同業者の平均所得率を乗ずるという方法を採ったこと、その基礎数値を求めるため、関東信越国税局長が通達を発し、木造建築工事業については佐久税務署長に対して本件第一抽出基準を示し、給排水・衛生設備工事業については佐久税務署長及びこれに隣接する地域を管轄とする上田税務署長に対して本件第二抽出基準を示し、これに該当する管内の個人事業者を抽出し、その収入金額・所得金額及び所得率等を記載した同業者調査票を作成して報告するように求めたこと、これに対する各税務署長からの報告書により木造建築工事業については別表(三)のとおり八名の比準同業者(その平均所得率は〇・一四六八)、給排水・衛生設備工事業については別紙(四)のとおり九名の比準同業者(その平均所得率は〇・三五七七)が得られたこと、以上の各事実が認められる。

右認定事実によると、被告税務署長が本件において採用した推計方法は、その基礎資料の収集のためにいわゆる通達回答方式を採用しており、その正確性が担保されていおり、比準同業者の数も比較的多く、所得の近似値を求めるのに支障はなく、業種の選別も日本標準産業分類に準拠しており、一応産業の実態に則した客観的なものということができ、その他、事業地域に関しては、原告の住居である軽井沢町又はその周辺地域に限定し、事業規模についても、いわゆる倍半基準により制限を設けている。そして、一般に、一定の地域内の事業規模が類似している同業者においては、収入に占める所得の割合は同程度であるのが通常であり、業種、事業地域、事業規模において類似性を有する同業者の抽出の上、その同業者の平均利益率を算定し、納税者の収入額に右平均利益率を乗じて、納税者の総所得金額を算出する方法には一定の合理性が存すると考えられるので、本件の推計方法には合理性を肯認することができる。

(二) 原告は、収入内訳<7>の株式会社レジャーインダストリーから請け負った工事は土木工事であり、これを給排水・衛生設備工事に区分することは誤っている旨主張するけれども、証拠(乙第一四号証、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、右取引に係る工事は、洗車場における排水設備の工事で、地中にU字溝を設置する工事のほか、グレーチング(U字溝の金網状の蓋)の設置、水路に排水をするための塩化ビニールパイプの敷設、排水から油や泥を取り除く沈殿槽の設置をも含むものであったと認められ、これによれば、右工事は、土木施設の完成を内容とする土木工事というよりは、建築物等の各種施設の給排水設備・排水設備等の施工を内容とするものというべきであり、前判示の給排水・衛生設備事業に分類するのが相当である。

したがって、前記1の原告の総収入金額は、木造建築工事業に係るものが四八五九万九〇一六円、給排水・衛生設備工事業に係るものが六九七万三七七〇円であり、事業所得金額を算出するためには、前者には平均所得率〇・一四六八を、後者に〇・三五七七を乗ずべきこととなる。この点で原告の指摘するような不合理性は存しない。

(三) また、原告は、収入内訳<2>の有限会社グリーンライフから請け負った工事について、元請・下請・孫請等の請負形態の相違を考慮しないのは合理性を欠く旨主張する。しかしながら、同業者比率を用いる推計において、業種をどの程度まで細分化するかは類似性を判断する上で最も重要な事項であるが、通常程度の営業条件の差異は比準同業者の平均値を求める過程で捨象されることになるから、原告の営業条件(具体的な業態)における差異が右平均値による推計を全く不合理ならしめるほどに顕著でない限り、これを考慮する必要はないと考えられるところ、本件において、右のような顕著な営業条件の差異を窺わせる証拠は存しない。したがって、原告の右主張を採用することはできない。

(四) なお、原告は、給排水・衛生設備工事業の比準同業者中に原告よりも収入金額が少ない事業者がいない点を指摘するけれども、前判示のとおり比準同業者の抽出基準自体に合理性がある以上、右基準に従って抽出された結果のみをもって推計の合理性が失われるということはできないので、この点についても原告の主張を採用することはできない。

(五) 右に検討したように、本件の推計方法には合理性が存するものと認められる。

4  以上によると、本訴において被告税務署長の主張する原告の納付すべき所得税額及び無申告加算税は、いずれも同被告の自認する前記第二の三1(一)(2)の各控除をしても、なお本件所得税処分を上回っているので、右の原処分は適法である。

二  国家賠償請求について

1  本件調査の過程で、調査の目的及び調査年分の告知ないし説明を欠いた違法がなく、また、原告の母寛への対応が調査の違法をもたらすものでないことは、いずれも前判示一2のとおりである。

2  原告は、小林係官らが課税仕入れに係る消費税額控除について原告が理解できるように説明しなかった点が不法行為となる旨主張するけれども、前掲各証拠によると、小林係官らは前判示の調査の各段階において、再三にわたり電話や面談において帳簿書類の提示を求めたばかりでなく、帳簿又は請求書等の提示がなければ課税仕入れに係る消費税額の控除を受けられないとの説明もしており、最終的には平成七年九月一日に小林係官らが原告に対して電話をした際に帳簿又は書類の提示がなければ右控除が受けられない旨説明したこと、これに対して、原告は、帳簿書類を提示することなく、殊に、平成六年一一月八日には大渕係官らに対し、帳簿は作成しておらず、領収書等は見せられない旨を言明していることが認められ、これによれば、小林係官らが仕入税額控除に関する帳簿書類の提示について説明したこと及び原告がこの点を理解したことは明らかである。

そうすると、消費税法三〇条七項所定の仕入税額控除の説明に関する不法行為の主張はその前提を欠き、理由がない。

3  したがって、本件調査及びこれに基づく本件各原処分の違法並びに仕入税額控除に関する説明の懈怠を原因とする損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないことからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年一二月二五日)

(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 裁判官 廣澤諭)

別表(一)

<省略>

別表(二)

<省略>

別表(三)

木造建築工事業の同業者

<省略>

別表(四)

給排水・衛生設備工事業の同業者

<省略>

別表(五)

<省略>

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